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法受寺徳川五代将軍・綱吉公御生母・桂昌院の実家であり本庄家累代墓の名刹
浄土宗の普賢山幡随院法受寺は、関東大震災で被害にあった谷中三崎町の法住寺と浅草の安養寺が合併し、新たに法受寺として昭和十年に足立の現在地に移転したものです。先代住職の難波昭音師が昭和十六年に法受寺に定住し、寺院整備に尽力しました。しかしながら、当時は檀家も少なく、戦中・戦後にかけての寺院運営は容易ではありませんでした。昭和四十五年に難波大昭師が二十八世を継ぎ、この間までに墓苑を整備し、昨年十一月二十四日には建坪七十坪の客殿を完成させるなど、寺運興隆に努めてきました。
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