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真性寺微妙山真性寺と号し、創立は寛永二年(1625年)
当山は、微妙山真性寺と号し、創立は寛永二年(1625年)。御開祖は、身延久遠寺第二十二世、池上本門寺第十六世、心性院日遠上人であります。当山は、もと東京都港区麻布今井町なだれ坂にあり、昭和十八年の空襲により、堂宇はことごとく消失しましたが、幸いにして、当山第三祖、真性院日用上人代(正徳年間)に作られた古色の日蓮聖人像、並びに帝釈天像は、戦火を免れました。帝釈天は、法華経序品第一に出てくる釈提桓因(しゃくだいかんにん)で仏法の守護神であります。この帝釈天像は、徳川十三代将軍家定公の主治医であった佐竹文好氏の屋敷に安置してありましたが安政三年(1856年)当山に還座して徳川家安泰の祈祷所となりました。爾来、なだれ坂の帝釈天として戦前まで庚申の祭日には除災得幸、除厄開運を願い、花柳界及び近在より多数の参詣者で賑わいを呈しておりました。その後、昭和二十七年四月に現在地に移転再建し、現在に至っております。帝釈天は暦による「庚申」(かのえさる)を以て祭日としており、庚申の祭日には、午前十一時より法要、法話、ご祈祷を行っております。
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