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玄静院関ヶ原の合戦の頃、法泉坊から玄静院と称す。開基上人より四百五十有余年。開創四百年を今日迎える。
玄静院は法明寺の中、仁王門(現在はない)の西にあり法泉坊といいました。開山は宝蔵院日恵上人(弘治二年寂 1556年)であり摩利天を祀った宮があると記されています。法泉坊開山の頃、御宝前は左には鬼子母神右には閻魔王をまつり、7月15日、16日には多くの人々が列をなして参詣したとかかれています。又、江戸時代にはいり摩利支天宮には弓矢の上達を求める武道者があつまりこの神を軍神と崇拝されました。玄静院と称するようになったのは第九世 玄静院日諦大徳(慶長五年 1600年)関ヶ原の合戦のときであり現住職で三十八世となります。御宝前 日蓮大聖人の御尊像は安政二年(1855年)の作です。
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